赤坂見附駅にほど近いところにある神田川に通じていると言われているかつての江戸城の堀の一つ、外濠に架かる橋が弁慶橋である。その橋桁の側に店を構える釣り屋が弁慶フィッシングクラブである。寒空の中、ボートに揺られながらかろうじて藻が揺れているのが分かる程度の黒緑色に混濁した底の見えない川堀に釣り糸を投げ入れた。水面を浮かぶウキをただ見つめながら只管引きを待つ。釣りに関しては幼少期に近くの川でザリガニやフナを釣る程度の腕前でほとんど初心者に近い経験値である。ただ、私は大物を釣る確固たる自信というものはなぜか持ち合わせていた。冬の時期はコイやヘラブナが釣れると聞いたが、一向に引きが来ない。どうやら魚どもは寒くて眠っているのではないだろうか。そもそも視界の悪いこの濁った水の中で魚どもは釣り針に刺さった小さな練り餌を見つけられるのだろうか。次第に大物を釣り上げるという凄んでいた自分に恥ずかしささえも感じてきた。釣り名人とやらはこのような状況でも打開する策があるのだろうか。日が落ち始めたころ、寒さに堪えられず帰ることにした。帰り際、釣り屋の店員に問われた。「どうでしたか、釣れましたか?」
私はあたかも釣れて当然かのような成果を問う感じにその質問が愚問に思えた。
意に介さず私は答えた。「藻がつれました。」
弁慶橋での釣りは、私にとって少々早すぎたようである。