山頂までもう少しのところまで来ていた。望遠レンズを装着した一眼レフカメラを携えて私の前を歩く男は、足取りが軽く山歩きに慣れているようであった。紅葉の季節とあって、高尾山の色彩鮮やかな自然が育むグラデーションをそのカメラに収めようとしているのだろうか。
何処となく遠くの方から幼き女の子の声が聞こえて来た。
『ヤッホー』
山彦を期待してか、その女の子は仕切りに叫び続けていた。山や谷に向かって声を発して斜面に反射した声が遅れて返ってくる現象である。女の子の期待とは裏腹にその現象はなかなか起きなかった。女の子の健気な挑戦に最初は微笑ましくも感じていたが、それは幾度となく繰り返された故、私は自然の静寂が乱されたようで女の子の声に少々苛立ちを感じ始めた。すると、私の前を歩く男は幼き女の子の声のように甲高く、その女の子が発した声に遅れて『ヤッホー』と発した。
此れもまた山彦なのだろう。
登山道はまた静寂に包まれ、幼き女の子が発する『ヤッホー』は止んだ。